Learning from the classics, expressing the contemporaries, and deepening the plastic thinking in the process of drawing. Toshiaki Shibata is the sharp-eyed artist who pursues sophisticated figurative expression through capturing the essence of the figure.

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ギャラリートーク
ギャラリートークの様子

 

 

 

淡路町カフェ・カプチェットロッソにて、10月10日、個展期間中に「オータムフルートコンサート&ギャラリートーク」イベントを開催しました。以下、ギャラリートークの内容を公開します。

 

柴田俊明ギャラリートーク 【私の作品における赤について】

 

 ご来場の皆さま、こんにちは。柴田俊明と申します。

 

 皆さま、本日は淡路町カフェ・カプチェットロッソにようこそお出かけくださいました。 白川真理さんと赤松美代子さんの素晴らしい演奏、お楽しみ頂けましたでしょうか?素晴らしき演奏の後に大変恐縮ではございますが、これより、ギャラリートークということで、しばらくの間、私の絵の話をお聴き頂ければと思います。皆さまのお手元にお配りした資料は、5年前、立川のたましんギャラリーにて開催された、私の回顧展の図録です。回顧展ですので、過去の代表的な作品が掲載されておりますので、展示作品と併せて、これからお話する際の参考にして頂ければと思います。

 

 私にとって初個展以来、33年経ち、今回、28回目の個展になります。「change and harmony」というサブタイトルをつけさせていただきました。

 

 2020年あたりから、私の作品のテーマとして、「change and motion」と言うものがありました。これは、「変化と運動」というような意味です。本来、絵画というものは、静止した世界です。現実の世界の時間は、一瞬たりとも止まることのないわけですが、その美しい一瞬を切り取って、永遠に閉じ込めたのが絵画の世界です。

 

 つまり、そもそも絵画には本来はchangeもmotionもない、変化も運動もないわけですが、これを制作者の立場で見ると、描く対象の変化や運動を捉えていくことになります。この矛盾が、実は非常に面白いわけです。

 

 例えば、モデルさんを使って絵を描く時、ポーズを一定時間固定して頂くのですが、人体の構造を捉え、ポーズの流れを捉えていくことで、動きのあるポーズを表現出来ます。動かない絵に動きが生まれ、変化のない絵に、変化を表現出来た時、制作者としての大きな喜びが生まれます。資料にはそのような考えで描いた作品が幾つか掲載されております。

 

 そのテーマから派生した今回の「change and harmony」というサブタイトルですが、これは主に絵画における「形と色の変化と調和について」を示すものです。

 

 そこで、今回のトークでは、私の作品の色彩について、少しお話したいと思います。

 

 皆さま、私の作品をご覧頂いて、既におわかりかもしれませんが、作品によって使われている色のバランスや量は違えど、「赤」が比較的目立つ配色の作品が多いと思います。そういうのをドミナントカラー、主調色といいいます。主な調子の色、絵に使われている色の中で、絵全体を支配する色のことをいうのですが、これが「赤」であることが多いので、よく「柴田さんが好きな色は赤ですよね?」と言われます。

 

 実はこれは半分正しく、半分間違っています。実は、私が好きな色は「緑」です。それも、中明度低彩度と高明度低彩度の「緑」が好きです。明度とは明るさの度合いで、彩度とは鮮やかさの度合いですから、中ぐらいの明るさで鈍い「緑」と、明るくて鈍い「緑」が好みだということになります。トーンでいえば、「ライトグレイッシュ」と「グレイッシュ」あたりの「緑」ですね。絵の具でいえば、テールベルトに白を混ぜたような感じでしょうか。

 

 そして、緑以外も明度が高く彩度が低い色を多く好んで使う時期がありました。いわゆる「パステルカラー」と呼ばれるような色味です。アクリル樹脂絵の具を使うようになってからは、チタニウムホワイトを使うことで、彩度(鮮やかさ)をグッと下げた明るめの色使いが出来るのが自分の好みでした。

 

 これらの色を並べていくと、とても良く調和してくれるのですが、欠点として、単調でぼんやりした画面になってしまいます。それを補う目的、メリハリをつける意味で彩度の高い色を面の境界に使うことにしました。

 

 そこで、「淡い緑」、「鈍い緑」を活かすために、補色である、「鮮やかな赤」を「アクセント」に入れるという考えが、私の作品の「赤」を使用するようになった、そもそもの理由でした。

 

 さて、赤という色が私の絵に使われるようになったのは、このような経緯で、時期的には1989年頃からです。ところが、21世紀に入って以降、私の絵の「赤」について、ロシアと関連づけて語られるようになりました。先日もある展覧会のギャラリートーク時の質問で「思想的な色ではないのか」という質問がありました。

 

 私は、大学院以降、20世紀のロシア・アヴァンギャルドの画家、パーヴェル・フィローノフの研究をしています。その関係から、2002年にサンクトペテルブルクに招待されて個展を開催し、研究対象であるフィローノフの作品を美術館の保管庫に特別に入室させて頂き、手にとって観る機会を得ました。そのようなことから、私の作品における「赤」は、ロシアとの関係性であるとか、ロシアの思想的影響だと想像する方もいらっしゃったのではないかと思います。

 

 結論から申し上げれば、私の作品での「赤」という色と、ロシア美術における「赤」には直接の影響や関係性はありませんし、ましてや思想的背景はございません。そういうことがあった方が、物語としては面白かったかもしれないのですが。ただ、不思議な縁(えん)を感じます。

 

 その「縁(えん)」についてお話ししましょう。ロシア美術における「赤」という色は、特別な意味を持つ色といわれています。ロマノフ王朝の前のリューリク王朝、イワン3世の時代、13世紀に造られた、モスクワの有名な広場が、「赤の広場」と名づけられたのは17世紀だと聞きました。古いロシア語では、「美しい(красивая/クラシーヴァヤ)」という言葉と「赤い(Красная/クラースナヤ)」という言葉は同じでした。ですので「赤の広場(Красная площадь/クラースナヤ・プローシャチ)」というのは当初「美しい広場」という意味だったようです。このことはロシア人にとって、赤という色が特別なものであることを示しています。

 

 私はこのことを知って、偶然ではありますが、自分の絵とロシア美術には不思議な「縁」があると感じた次第です。私が自分の作品に赤を使う理由はあくまで造形的な理由ですが。

 

 さて、赤の絵の具には様々な種類があります。その中で、私が好んで使う赤は、絵の具の名称で言えば「カドミウムレッドパープル」もしくは「カドミウムレッドディープ」です。美術関係者でないと絵の具の名前で想像がつかないと思いますが、不透明で鮮やかな、だいだい色寄りの赤です。

 

 最初の頃の使い方は、形の変化ポイントである、稜線と言われる部分に沿って、赤を線で入れていくという使い方でした。稜線というのは、一般的には山の尾根のことですが、美術用語では、ただいま申し上げたように、形の面と面が接するエッジのことです。明暗の階調が変わるポイントとなることから、シェードラインと呼ばれることもあります。

 

 その後、赤を色面的にも使用したり、全体に赤を塗ってからサンドペーパーで削り出していくなど、さまざまな使い方をしていきましたが、色面と色面の間を分割する線にカドミウムレッド系の絵の具を使うというのが、私の絵画制作の歴史上、最も長く続いてきた方法です。わかりやすい例でいいますと、お渡しした資料のこの作品「八月の午後 one afternoon in August」2000年制作の作品ですが、これは色面を「カドミウムレッドディープ」で分割しています。

 

 しかし、ここ近年では、油絵具で言えば「ローズマダー」、アクリル絵の具で言えば「キナクリドンマゼンタ」のような、透明色で紫寄りの赤も使用するようになってきました。DM掲載作品の背景などに使用しています。

 

 これは、絵画制作を勉強している人は何となくわかるかもしれませんが、グレーズ、透層といって、セロファンを貼ったような透明度のある重ね方をするときに使っています。

 

 このような使い方は、画面全体の統一感を出し、全体を暗くし、その後の明部の描画を際立たせる効果があります。これを以前までは「カドミウムレッドディープ」のような不透明色でやっていたのを、なぜ透明色も使うようにしたのかと言いますと、暗部に残した赤を通して下の層の色やタッチが見やすくなることで、色のハーモニーが複雑に出来るからです。

 

 今、申し上げた不透明色、透明色の違いをわかりやすくいいますと、不透明色は画溶液や水などで溶いた場合でも、例えるならコップに入れた牛乳やオレンジジュースのように、向こう側が見えません。透明色というのは、例えるなら白ワインやウイスキーのように、グラスの向こう側が見える色です。例えばここにガラスがありますが、ここに透明色の赤を塗ると、ガラスの向こう側は赤く染まった世界になりますが、向こうにあるものや人が透けて見えるのは変わりません。しかし、不透明色の赤を塗ると、赤い壁になってしまい、ガラスの向こう側は見えなくなるわけです。

 

 お渡しした資料の表紙の作品「ターニング」2013年の作品ですが、こちらは「カドミウムレッドディープ」という不透明の赤を使用して描かれています。また資料の中のこの作品「floor I」2006年の作品ですが、これのこの部分、身体の輪郭の内側の暗い部分、そして「experimental dance I」2016年の作品、このあたりの赤黒いタッチのある背景、これらは「カドミウムレッドディープ」を使ったグレーズです。薄めているのである程度透けますが、そもそも不透明の絵の具ですので、少しざらついた粒状感(りゅうじょうかん/グラニュレーション)効果と刷毛ムラがあります。

 

 今回展示しているこちらの静物画「フィースト オブ ライト アンド シャドー/feast of light and shadow」には、「キナクリドンマゼンタ」を使っています。透明色のセロハンを貼ったような透け方が、わかりやすくご覧頂けるので、よろしければ後ほどご覧ください。こちらの作品は、インスタグラムで制作過程もご覧頂けます。

 

 さて、そろそろお時間となってしまいました。

 

 最後になりましたが、こちらのお店の名前「カプチェットロッソ」は「赤ずきんちゃん」という意味ですが、ロッソというのはイタリア語の「赤」ですから、これも偶然ですが、私は本当に赤に縁があるなぁ、と思います。

 

 今回、このような展覧会とギャラリートークの機会を与えてくださった、プロデューサーの植田嘉恵さん、会場をご提供くださったカプチェットロッソさん、素敵な演奏をお聴かせくださった白川真理さんと赤松美代子さんに心より感謝申し上げます。そして、入院していた私に代わって、搬入展示作業をお手伝いくださった、画家の大塚研一朗さん、画家の清田悠紀子さん、DMデザインや掲示物の作成等にご協力頂いた画家の手綱笹乃さんにも感謝申し上げたいと思います。有難うございました。

 

 この後、トーク内容に関するご質問、あるいは展示作品についてのご質問、その他のご質問を時間の許す限りお受け致します。皆さま、ご清聴有難うございました。

 

(2022年10月10日 淡路町カフェ・カプチェットロッソにて)

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