1999.11.04口頭発表『絵画作品における視覚イメージの映像化(発表要旨)』
絵画作品における視覚イメージの映像化(発表要旨)
柴田 俊明
筆者の絵画作品のイメージを映像で表現するという試みを,映像作家・志村諭佳(*1)氏の協力で制作した。当初は,技術面で志村氏の協力を仰ぎ,筆者個人の作品として制作するつもりであったが,打ち合わせを重ねるうち,彼女のアイデア・イメージも加えてみたくなり,最終的にはコラボレーションの形で制作することとなったものである。
静止画であるタブローやドローイングに動きを与え,その作品イメージを増幅・発展させ得る実写映像や写真などを加工しつつ加えてゆくなど,平面作品を扱いながら,平面作品では出来ない形式,違った切り口での表現を目指した。この制作を通して体験した,様々な問題点や発見についての考察を報告したいと思う。
具体的には,Macintoshを用い,タブローの写真やドローイングはスキャナー入力,ビデオ撮影したものは直接キャプチャー入力(*2)し,それらの素材をAdobe Photoshop, Premiere等のソフトウェアを用いて加工,編集したものである。しかしながら,実際の作業は加工と言うより,コンピュータを使用して描画するという形に近い。ドット単位の修正・加筆は,通常の画材を扱うのと同じ力が必要となる。また,1秒間の動画に15~30フレームの静止画が必要となるため,わずか30秒の映像作品に約450~900枚もの絵が必要となる。どんなジャンルの制作にせよ,モノをつくることは,基本的にはこうした地味で単調な作業の繰り返しが待っているという点で,共通しているように思われる。
コンピュータを使った表現や,映像表現といった,比較的新しい技術を活用した表現は,ともするとその新しさや技術面ばかりが取り上げられやすい上,もし,コンピュータに対する誤った認識(*3)をもったまま取り組むとしたら,造形表現の本質を見失う可能性がある。材料や技術が豊富であれば,表現の幅は広がるのは確かだが,選択肢が多くてもイメージが乏しければどうしようもない。新しい材料や技術が,新しいイメージを生み出してくれる訳ではない。造形表現の基礎である,ものの本質を視る眼や,ヴィジュアルでイメージできる想像力,イメージを組み立てる構成力がなくては,イメージを具体的に思い浮かべて,それを形にすることは難しい。このように,コンピュータを用いた表現を行うことで浮き彫りとなる,造形表現の基礎について,考察してみたい。
この制作で,タッチ,マチエールのみならず,単純な絵の具の重ねであろうとも,下層の色と上に見えている色との差をはっきりと識別できるタブロー作品に比べ,RGBモニターに映る映像は,どの部分にも厚みのない,本物の「平面」である,という当たり前な事実に,新鮮な驚きを覚えた。即ち,絵画は映像ほど「平面」ではなかったのである。このような,映像作品の制作を行ったことにより浮上した絵画の特質を,考察する機会にもなった。
コンピュータは,これまでの手作業をかなり省力化したり,これまでは個人では手の届かなかった分野の表現―例えば映像―を制作できる可能性を与えてくれた。このことが諸刃の刃となり,コンピュータを操作する技術が,あたかもモノを作り出す技術であるかのように誤解する可能性も出てきている。「デジタル・スレイヴ(*4)」と呼ばれる美術・デザイン学校卒業生が近年急速に増加している,という。このような不幸を生まないためにも,コンピュータについての正しい教育が必要なのかも知れない。同時に,コンピュータが普及すればするほど,基礎力が大切になってくるのではないだろうか。
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註
(*1)志村 諭佳;しむら ゆか(1976- )。多摩美術大学美術学部デザイン科卒。『アップリンク製作デジタル・ムービー企画公募』にて,企画採用が決定し,現在2001年一般公開に向けて映画監督として活動中の新進映像作家。
(*2)Power Macintosh 8500 / 120 のビデオ入出力端子を使用。なお,ビデオテープに出力する際は,Power Macintosh G3 / 400 のFire Wire (IEEE1394) 端子からメディア・コンバータ経由でVHSビデオに出力した。
(*3)コンピュータは万能という神話もまだ生きており,コンピュータさえあれば,すばらしい作品が誰にでもできるように思っている人も多い。
(*4)digital slave ; 志村氏によると,「道具であるコンピュータを操作し,表現するものを形にすることが本来の目的であったはずであるのに,いつの間にか操作する技術にとらわれてしまい,表現するものを見失ってしまったクリエイターたち」のことを指す。アップリンク代表取締役,浅井隆氏から聞いた言葉とのこと。
(発表:1999年11月21日、東京藝術大学美術教育研究会・第5回研究大会にて口頭発表)
1999年 11月